母ロス1年生。

こんにちは。初めまして。りりです。

 

2018年母の日も終わり、平成の母の日も残り1回ですね。

私の2018年母の日は、プレゼントを選ぶ楽しみも、日頃の感謝を電話で伝える照れくささもなく、今日は母の日かぁ…と思っているうちに普通の日曜日が過ぎていきました。

誣いて言うならば、インスタやTwitterあげられる、“お母さんありがとう!大好きだよ♡!”というありふれた母の日投稿を羨望視していたくらいです。

 

 

私の母は1年前に天国に逝ってしまいました。

数多くの表現がありますが、“逝ってしまった”という表現が私には一番しっくり来ています。

なぜなら、あまりにもあっけなかったから。

こういう表現をすると母も怒るかもしれませんが、ヒトの最期ってこんなにもあっけないものなんだ…と、その瞬間に感じたのを鮮明に記憶しています。

 

 

うちはどこにでもある普通の4人家族で、両親は私が幼いころから共働き。2歳上の兄がいて、所謂カギッ子でした。

両親ともに帰りが遅くて、夕食が遅くなることもしょっちゅうでしたが、母は仕事で疲れていても、帰宅してすぐに美味しいご飯を作ってくれて、お弁当にも冷凍食品が入っていることはありませんでした。

それは母の中では、自分で気決めた“ルール”のようなものだったのかもしれません。

母のおかげもあり、私たち家族は誰一人一度も大きな怪我や病気もなく、もちろん入院なんてしたことありませんでした。

しかし、その母が病に倒れ、詳しい原因もわからぬまま、1ヶ月半後には逝ってしまっていました。本当にあっけなく。

 

 

それから今日までの1年間、四十九日や初盆、そして一年忌と過ごしてきましたが、未だによくわからない次元を彷徨っている感じです。

 

 

丁度、友人たちが結婚だ出産だという時期に差し掛かっていることもあり、“私はみんなと同じように母親には甘えられないんだ…”という羨望や虚無が祝福を上回っています。

“まだまだこれからが、母を必要とする時期であっただろうに…”と、自分自身を憐れんで(周囲にも憐れまれ)、“どうして母は居てくれないのだろう?”と、居ない母を責め、まるで悲劇のヒロインかよ、と自身で突っ込んでしまいたくなりますが、女性としての転機を迎えていく時期に母親を失った人は、少なくとも一度はこのような感情を抱くのではないかと思っています。

そしてこのような感情を『母ロス』ということを知りました。

 

もちろん、家族のカタチは様々で、同じ経験をしても体験としては人により異なることはわかっています。

 

 

一番は自分自身のために、10年後の自分が現在を振り返ったときに懐かしく、

そして、現在の感情を、大好きだった母への感情を忘れないために、

これまでの経験や感情、これからのことを、

母への手紙を認める気持ちでブログに綴ることにしました。

 

そして、おこがましい感情ではありますが、同じような経験をした人が、

「それわかるわ~~~~~~~!!!!!!!」と、少しでも共感して、

同じ感情を抱いているヒトが存在することを知っていただけたら嬉しいです。

 

 

 

研究や論文作成を進めながらの更新になるので、不定期にはなりますが、

『ははロス。1年生』本日よりよろしくお願いします。

 

 

今週のお題「おかあさん」